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東京地方裁判所 平成元年(ワ)12628号 判決 1990年7月13日

原告 東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役 住田正二

右訴訟代理人弁護士 西迪雄

同 中村勲

同 向井千杉

同 富田美栄子

被告 小林忠彦

<ほか一三名>

右一四名訴訟代理人弁護士 宮里邦雄

右一三名(大沢哲雄を除く)訴訟代理人弁護士 田邨正義

同 大橋堅固

同 渡辺正雄

同 上条貞夫

同 岡田和樹

同 清水恵一郎

同 内藤隆

同 福田護

同 岡部玲子

同 岩村智文

同 小島周一

同 滝本太郎

同 中村宏

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告と各被告との間に雇用契約関係が存在しないことを確認する。

2  原告が各被告に対し、雇用契約を締結すべき義務を負担していないことを確認する。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告の本案前の答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、日本国有鉄道改革法(以下「改革法」という。)の趣旨に従い制定された旅客鉄道株式会社及び日本貨物株式会社に関する法律に基づき、昭和六二年四月一日に新企業体として設立された、東北及び関東の地方における旅客鉄道事業等を経営することを目的とする株式会社である。

被告らは、いずれも日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)に雇用され、改革法附則二条により同六二年四月一日に日本国有鉄道法が廃止されて国鉄が日本国有鉄道清算事業団(以下「清算事業団」という。)へ移行したのに伴い、同日以降、清算事業団に雇用されていた者である。

2  被告らの原告への不採用

原告は、右設立に際し、改革法二三条の規定に従い、国鉄職員の中から社員を新規に募集、採用したが、被告らは、同条二項に基づき国鉄が作成した名簿に記載されなかったため、原告に採用されなかった。

したがって、被告らは原告の社員たる地位を有せず、原告は被告らを採用する義務を負担していない。

3  確認の利益

被告らの社員たる地位及び原告の採用義務に関し、被告らが次のとおりの態度をとっているため、原告の法律上の地位は不安定となっている。

すなわち、被告らの所属する国鉄労働組合(以下「国労」という。)は、神奈川県地方労働委員会(以下「神奈川地労委」という。)及び東京都地方労働委員会(以下「都労委」という。)において、原告が被告らをその社員として採用したものとして取り扱うよう救済命令を求めた際、「こうして見てくると、確かに形式的には採用という形をとっても、実際採用された職員の扱いは他の公社が行った当然承継と全く異なるところはなく、一般にいう採用とは全く趣を異にしている。採用の実態は、資産や債務を清算事業団と新会社各社にふりわけたのと同じことをしているのであり、新会社への採用は資産・債務と同じく、新会社への承継と呼ぶにふさわしいものである。」、「また承継法人職員は基本計画にしたがってすべて国鉄職員から採用することとされていたのであり、とくに本州においては採用希望者が基本計画定数よりも少なかったのであるから、国鉄職員は承継法人(被申立人)との間に当然に雇用契約が成立するはずの地位にあった。ところが、すでに述べたとおりの不当労働行為によって、本件申立対象者からは採用されない結果となったのである。このような事実関係のもとでは、被申立人は使用者としての雇用責任を負わなければならないことは、明らかである。」と述べ、私法上の法律関係を主張している。

また、被告らと同様に不採用となった国労の一部組合員は、関係新企業体たる株式会社に対し、その社員たる地位を有することの確認請求訴訟を大阪地方裁判所及び京都地方裁判所に提起し、さらに、国労が都労委に申し立てた、被告小林、同寺内、同新山、同松本、同岩城、同大沢、同森澤、同伊藤及び同新出に係る救済申立事件における国労代理人弁護士は、千葉地方裁判所における同種事件の平成元年九月四日の口頭弁論期日において、被告ら新企業体不採用者が現在新企業体に対し雇用関係の存在を主張し得ることは、すべての不採用者に共通する国労の見解であると明言している。被告らが、右国労及び国労組合員の主張に同調していることは事案の性質上容易にうかがえるところである。

4  よって、原告は、被告らが原告の社員たる地位を有しないこと及び原告が被告らを採用する義務を負担しないことの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

1  訴権の濫用

本件訴えは、次に述べるとおり、訴権を濫用したもので、不適法な訴えとして却下されるべきである。

(一) 国労攻撃としての本訴提起

昭和六二年四月一日、改革法及び関係法令によって国鉄の分割・民営化が行われ、国鉄は原告を含む六つの旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社(以下「JR各社」という。)その他の承継法人に分割された。右承継法人の職員は、国鉄職員から採用するという形式がとられたが(改革法二三条)、右採用手続に際し、極端な組合間差別が行われた。右採用差別については、原告らJR各社が責任を負うべき不当労働行為であるとして、全国各地の地労委から救済命令が多数発せられており、被告らについても神奈川地労委及び都労委で、それぞれ原告が被告らを昭和六二年四月一日付けで採用したものとして取り扱わなければならない旨の救済命令が発せられたが、原告を初めとするJR各社から再審査が申し立てられ、中央労働委員会で審理中である。また、原告らJR各社は、右採用に関する不当労働行為のみならず、JR各社の発足に当たり国労所属の運転士等を本来業務から放逐した配属差別や配転差別、国労組合員・活動家を狙いうちにした出向差別、国労からの脱退強要等、国労を極端に敵視する不当労働行為を間断なく繰り返し、これら不当労働行為に対しては国労の申立てに基づき全国の地労委から多数の救済命令が発せられている。これらの事態は、原告を初めとするJR各社の常軌を逸した国労敵視、国労攻撃の実体とその不当労働行為体質を明瞭に示している。さらに、原告の経営陣、幹部らは、あからさまに国労を敵視する言動を行い、右国労攻撃の意図を明らかにしている。

本件訴訟の提起は、このような原告の国労敵視、国労排除の意図を「雇用関係不存在確認請求訴訟」の形式に名を藉りて実現しようとするものであるとともに、清算事業団職員という不安定な立場に置かれていた被告らを、ことさらに訴訟事件の被告とすることによって応訴の負担を強い、その心理的動揺をも狙ったものである。

(二) 労働委員会制度の否定

被告らに対する都労委及び神奈川地労委の採用命令は交付の日から効力を生じており、原告は、被告らを昭和六二年四月一日付けで採用したものとして取り扱うべき義務を負い、遅滞なくその命令を履行しなければならないにもかかわらず、本件訴訟をことさらに提起して、右命令には決して従わないとの意思表示を積極的に表明しているものであり、原告が訴訟という形式を濫用して、労働委員会制度を否定し、救済命令をないがしろにしようとする意図は明らかである。

(三) 労働委員会命令を攻撃するための本訴提起

本件訴訟は、それによって本来の労使の紛争を解決しようとする目的で提起されたものではなく、民事訴訟の形式を借りながら、実質的に労働委員会命令の効果を減殺し、命令の内容を弾劾、攻撃するという別の意図に基づいて提起されたものであって、余計な紛争状態をあえて作出しようとするものにほかならない。

2  確認の利益の欠如

確認の利益は、原告の権利又は法的地位に危険、不安が現に存在し、かつ、その危険、不安を除去するためにその権利又は法律関係の存否について判決することが紛争解決のため有効、適切な場合にのみ認められるが、本件訴えは、次のとおり、このような確認の利益を欠く不適法な訴えである。

(一) 本件訴訟は、紛争の解決にとって有効でも適切でもない。すなわち、原告は、被告らの所属する国労が原告に対し、被告らを原告の社員として取り扱うよう労働委員会の救済を求めているのに対し、その紛争を解決するためとして本訴を提起しているが、その法的解決は救済命令に対する再審査又は行政訴訟によって図られるべきであり、その方法によってのみ救済命令の効力を失わせることができる。したがって、本件訴えは筋違いであり、その請求の趣旨について判決することは、右紛争の解決に何ら資するものではなく、むしろいたずらに紛争ないし当事者間の法律関係を混乱させるものである。

(二) 被告らは、国労等を通じ、労働委員会による行政上の救済を求めているのであって、原告に対し私法上の雇用契約関係や雇用契約を締結すべき義務の存在を主張しているわけではないから、原告には確認判決によって除去されるべき現実の危険、不安は存在しない。

原告は、確認の利益の根拠として、国労の一部組合員が関係新企業体たる株式会社に対しその社員たる地位を有することの確認請求訴訟を提起していることを挙げるが、確認の利益は個別当事者ごとに判断されるべきであり、右訴訟の原告らが国労組合員であるからといって、本件訴訟の被告らも右と同様の法的主張をしているとみることはできない。原告は、さらに千葉地裁に係属中の同種の訴訟事件における代理人弁護士の発言(発言内容は正確でない。)にも言及しているが、右事件は、国労とは別個の国鉄千葉動力車労働組合の組合員提訴に係る事件であって、本件訴えの確認の利益の根拠となり得るものではない。

次に、原告は、不当労働行為救済申立てやそこでの国労の主張をとらえて法律的地位の不安定をいうが、国労による不当労働行為救済の申立ては、原告だけでなく、他の旅客鉄道株式会社及び日本貨物鉄道株式会社をも相手としているのに、本件のような不存在確認訴訟を提起しているのは原告のみであり、他の会社からは提起されていない。これは、原告以外の会社が原告の如き法律的不安定を感じていないためであり、このことは本件訴えの確認の利益がないことを示すものというべきである。

(三) 被告らが原告に不採用とされたのは昭和六二年二月一六日であり、すでに三年以上が経過しているが、この間被告らはもっぱら労働委員会への救済申立てによって救済を得るべく、救済命令が発せられた後は救済命令の履行を求めて活動しているもので、原告に対し直接雇用上の権利関係の存在について裁判を提起していないことはもとより、なんらこの種の行為をしていない。このような被告らの不採用以降現在までの態度からしても、本件訴訟が確認の利益を欠くことは明らかである。

三  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3中、被告らが国労に所属していること、原告主張の訴訟が大阪地方裁判所及び京都地方裁判所に提起されていることは認めるが、その余は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  被告らは、本件訴訟において、被告らが原告の社員たる地位を有しないこと及び原告が被告らを採用すべき義務を負担しないことを認め、これを争っていない。それにもかかわらず、なお原告は、確認判決によって除去されるべき現実の危険、不安が存在すると主張するので、この点について検討する。

原告はまず、労働委員会における救済申立手続において被告らの所属する国労がした主張を捉えて、原告の法律上の地位の不安定が存在するという。しかしながら、原告の指摘する主張の内容は、原告に対して私法上の雇用関係や雇用義務の存在を主張する趣旨であるとは認め難く、他に国労が労働委員会において右の趣旨の主張をしている事実を認めるに足りる証拠はないから、原告の右主張はその前提を欠き、失当である。

次に、原告は、国労の一部組合員が社員たる地位を有することの確認請求訴訟を大阪地方裁判所及び京都地方裁判所に提起したこと、また、被告らに係る救済申立てにおける国労代理人弁護士が、千葉地方裁判所における右と同種事件の口頭弁論期日において、新企業体不採用者が現在新企業体に対し雇用関係の存在を主張し得ることは、すべての不採用者に共通する国労の見解であると述べたことを取り上げ、被告らが右国労及び国労組合員の見解に同調している旨主張する。しかしながら、国労の一部組合員の見解がどうであれ、被告らがその見解に同調する旨を表明しているものではないし、千葉地方裁判所において原告主張のような代理人の陳述があった事実はこれを認めるに足りる証拠がないだけでなく、仮にそれが認められたとしても、それだけでは国労が原告と被告らの間の私法上の法律関係を主張し、被告らがそれに同調していると認めることはできないから、原告の右主張は本件訴えにつき確認の利益を認める根拠にはならない。

そうすると、結局、原告と被告らとの間においては、私法上被告らが原告の社員たる地位を有しないこと及び原告が被告らを採用すべき義務を負担しないことについて争いはなく、原告に確認判決によって除去されるべき現実の危険、不安が存在すると認めることはできないから、本件訴えは、確認の利益を欠くというべきである。

二  よって、本訴は不適法であるから、その余の点について判断するまでもなくこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 長谷川誠 阿部正幸)

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